20代の憂鬱~21歳⑥~
夏休みが終わると学校も始まり、コウと過ごす時間は必然的に減っていった。
お互い忙しいのだと、特に深く考えることもなかった。
コウの異変に気がついたのは、久しぶりに電話が来た時だった。
明らかに元気がない。
体調が良くないのだとコウは言った。
それでも会いたいから、家に来てくれないか?と。
歩いて5分もかからない距離なのに、家に行くのは初めてだった。
コウの家はいわゆる資産家で、自営業を営む両親と、兄家族、妹2人と暮していた。
とても大きな土地で、高い塀に囲まれていて外からは家の外観すら見ることができない。
少しキンチョーして迎え入れられた家は、夜だったとはいえ大人数の家族が過ごしているとは思えない程静かだった。
フワフワの毛足の長いネコちゃんがスリスリしながら出迎えてくれた。
『ミヤ、ネコ平気?』
『うん、大好き!!』
『じゃあ、部屋に入れても大丈夫だね。』
コウはなんだかまた痩せた気がした。
コウの部屋はコウの好きな物で溢れていた。
バスケ、複数台のパソコン…そして、姪っ子のモモちゃんの写真。
『可愛いでしょ。モモの成長を見るのがオレの最近の生きがいなの。笑』
『パソコンこんなにいっぱいどーすんの?笑 あ、そっか、プログラマーなりたいって言ってたもんね?』
幼い頃に話したことを思い出した。
『コウは大人になったら何になりたいの?コウは頭がいいから、お医者さんでも何でもなれるね!』
『何でもは無理だろ。笑 オレはねー、プログラマーになりたいの。』
『プログラマーって何?』
小学生の頃、プログラマーという言葉を知っていて、その仕事内容や魅力について話してくれた。難しくてよくわからなかったけど、キラキラと夢を語る姿がとても印象に残っていた。
『プログラマーか…オレ、今は一体何になりたいんだろーな。』
呟いたコウはやっぱり痩せた。
少し話しただけなのに、コウは疲れたからと横になった。
『体調悪いの?』
『最近、眠れないんだ。』
『オレが寝るまで、ここにいてくれない?』
私はコウのとなりに横になった。
自然と髪に触れ、撫でた。
『今日は寝れるといいね。』
手を繋いで少し話をしてるうちに、私が先に眠ってしまった。目が覚めたのは夜中で、コウが寝ていることを確認して安心した。
明日も学校だし、帰らなきゃ。
そっと繋いでいた手を放し、部屋を出た。
フワフワのネコちゃんが見送ってくれた。スリスリと寄ってくるそのコを撫でて、コウをお願いね。と呟き家を出た。
次に同じように家に行った時、コウはマウスピースをしていた。
『ボクサーにでもなったの?』
『無意識に強く食いしばってるらしくて、歯が弱ってきてるんだ。』
そしてやっぱり少しずつ痩せていった。
同じように一緒に横になり他愛もない話をする。こうして手を繋いでいると安心して眠れるとコウは言った。
少しずつコウの異変に気付いていながらも、それが何なのかは全くわからなかった。
コウ、何か不安なことがあったの?
歯が弱ってしまうくらい食いしばって、何に耐えていたの?
コウは自分の悩みや弱さを話すことはなかった。
私に出来るのはただ隣にいるだけ。
少しでも安らかに眠る時間がありますように。
3回目に家に行った時、コウは私の手を強く握り震える声で言った。
『ミヤ、ここにいて。』
『何言ってるの?ミヤ、ここにいるじゃん?』
なんだかコウが突然小さく見えて、その日コウを抱きしめて眠った。
コウは子どもみたいに丸くなって眠った。
コウのために何かしてあげたい。だけど、どうすればいいのかわからない。
以前とは少しずつ変わっていくコウを見て、わかっているのに、何もできない焦り。
なんだか胸が痛くなって、コウのおでこにキスをした。
これが最初で最後のキスになった。
もうすぐ雪が降る。